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心身一如の工夫
博多の森で行われた弓道大会に出場した。
「射は礼に始まって礼に終る」
教士から、至誠・礼節の基本行動、的前「坐射礼」が披露された。

的に矢が当たったからといって、射の内容が素晴らしいとは限らない。
逆に、外れても射技・体配・氣迫ともに隙が無く、感動を覚える射もある。
要するに的中にばかり氣を捉われて、小手先の技術で当てないこと。
基本である射法を身につけ、当たるべきして当たる。
正射必中を目指したい。
古来から、人が仕損じると「氣を変えてやれ」と云う。
心機を転換すると精力の復活を招来するという微妙な点がある。
昔、ある弓の先生が弟子に
「汝等は矢をつがえた時に捉われている。当てようとか、当たるか知らんとか、或いは射損じはせぬかと我執の心がある。だから、晴れの場処程、余計当たらない」
「これからは、当たる当たらないということに重きを置くな。
それよりも、的と自分と矢とが、一如のものに成るように一念せよ。
この工夫を行う者こそ、真の達人になれる人である」と教えたそうである。
弓道の学び方の原則としては、素直である。
飽きずに続ける。日常の工夫。
氣を出す。
「心身一如の工夫」が必要である。
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